2020年8月13日、東京九州フェリーの新造船「はまゆう」の進水・命名式で、日本旅客船協会の公認船旅アンバサダーである私は、支網切断を行うという大役を仰せつかいました。まさに、船に命が吹き込まれる神聖な儀式にキュッと気が引き締まる想いでした。
雨が降る中、不思議なことに、式が始まると雨が止みました。まるで人智を超えた存在が、船の誕生を祝っているかのように思えたのです。
歴史を遡れば、天候などの自然に左右され、果てしなく広い大海原に繰り出す船は、古来人々にとって覚悟と希望を抱かせる乗り物だったのでしょう。そうした精神の上でも、日本人と船の深いつながりは、現在まで脈々と続いているように感じます。
東京九州フェリーは、2019年4月に新日本海フェリーのグループ会社として設立されました。横須賀と新門司を21時間(航海速力28.3ノット)で結ぶ航路も新開設され、太平洋側の旅客船では最長級の距離を運航する船会社となりました。
2021年3月に「はまゆう」が就航した後、同社の2番船として同年7月に就航した新造船「それいゆ」も同じ仕様の船となっています。全長222.5m、幅25m、総トン数約15,400トンの規模を持ち、なおかつ船そのものが一つの複合施設のように多彩な魅力に富んでいます。
旅客定員は268名で、船の大きさに対して少ないように感じますが、その分、船内はゆったりとした空間があり、息苦しさを感じることがありません。客室は、ツインベッドとバス・トイレ付の完全個室タイプとプライベート空間が確保された一人部屋などが選べます。ペットと同伴できる個室もあり、デッキに設けられたドッグフィールドで犬を散歩させる乗船者もいます。
パブリックスペースは、大海原を見ながら旅の疲れを癒せる露天風呂と映画鑑賞ができるプラネタリウム仕様のスクリーンルームが人気。レストランでは、ご当地メニューが用意されています。新日本海フェリーの日本海側航路のスタッフだった調理長が、九州の各地を調査して作った料理で、“おもてなし”の心が詰まっています。洋上でバーベキューできるバーベキューガーデンもあり、旅客船の概念が180度変わる時間を目白押しに楽しめます。
2隻の船内売店で販売されているオリジナルグッズで、最も人気がある土産の一つは、なんと御船印だそうです。御船印のデザインは、船ごとに船名の花をモチーフにして、色使いも花に寄せています。船名の「はまゆう」は横須賀市の花から名付けられ、「それいゆ」は北九州市の花ひまわりから名付けられました。
御船印担当者によると、「デザインは乗り物好きに人気のある電車のヘッドマークをイメージしました。新日本海フェリーの8隻の御船印ともデザインを統一しているので、並べると華やかな色彩になりますよ」とのこと。
さらに、デザインには一つ秘密があります。御船印に船長のサインを書く余白があらかじめ設けられているのです。運航時に、船長が航海日誌に記入する時と同じ横文字のサインです。長時間を船で過ごす乗船者にとって、旅の記念になること間違いなし!
毎年海の日には、一般向けに「はまゆう」あるいは「それいゆ」の船内見学会が行われています。キラキラとした目で見学する人を見ると、ふたたび、支網切断をした日のように船と人のつながりを感じます。その関係を表する証として、御船印が役割を果たしてくれるといいなあと感じました。
旅作家/(株)Officeひるねこ代表。 2019年~日本旅客船協会の船旅アンバサダー、2022年〜島の宝観光連盟の島旅アンバサダー、本四高速のせとうちアンバサダーに就任。2014年、讃岐広島に宿ひるねこをつくる。世界60カ国、国内130島をめぐる。既刊本多数、産経新聞や日本海事新聞などで連載中